果樹技術・経営コンクールで農林水産大臣賞を受賞され、ふるさと納税でも高いリピート率を誇る天野イチジク農園。そのいちじくは「何度も食べたくなる」と評判です。切り花農家だった先代から、一代で140aもの農地を持ついちじく農家に拡大させたそうです。お話を伺うため、愛知県渥美半島の最南端、田原市を訪ねました。
25年で田原市の一大いちじく農家へ
フルフム編集部:とっても大きな農園ですね。こちらは何名で運営されているのでしょうか?
天野さん(以下、天野):7棟のビニールハウスで、総面積は140aです。家族4人と従業員1人、それにパートの方で栽培しています。主にJAに出荷していますが、昨年度からはふるさと納税の返礼品にも取り組み始めました。
フルフム編集部:いつ頃からいちじく栽培をされているのでしょうか?
天野:私は25年前に天野家に養子婿に入り、いちじく栽培を始め元々は天野家は切り花農家だったのですが、時代の流れで、どうしても花がなかなか売れない時期がありまして、そこで作物を変えてもう少し経営を豊かにしようと、徐々に1ハウスずついちじくに切り替えていきました。
フルフム編集部:いちじくは元々は作っていなかったのですね。収穫時期が非常に長いと伺っていますが、具体的にはどのくらいの期間なのでしょうか?
天野:本年度は、いちじくの収穫は3月25日から12月31日を予定しています。11月に入ってくると収穫できる量はかなり減りますが、それでも甘みがすごく強くて、色も黒く、どこに出しても恥ずかしくないような大きないちじくが取れます。
フルフム編集部:3月から12月まで!驚きの長さですね。どのように実現されているのでしょうか?
天野:いちじくは小豆大の実がついてから、平均気温の合計が1850度に達すると収穫可能になります。この性質を利用し、ハウスごとに暖房を調整することで収穫時期をずらしています。あとは、今は面積が広くなりすぎてやっていないのですが、ホルモン処理をしますと大体7、8日で収穫が可能になるので、毎日どこかのハウスではいちじくが取れるローテーション収穫を可能にしました。
良いことづくしのマルチのテント張りの発明
フルフム編集部:天野さんが「マルチのテント張り」という、シートを被せる農法を生み出したとお聞きしたのですが、そちらについても詳しく教えていただけますか?
天野:お見せしたかったのですが、今この時期ですと、もうその白いシートを剥がしておりまして・・・。
フルフム編集部:そうなんですね。それは残念です。
天野:『マルチのテント張り』は、根っこの部分に白いシートをテント状に敷くんですよ。それが光の反射になり、なおかつ糖度を高めるために水を切ることや、根っこを守る役割もあります。また、テントの中の湿度を高めることができますので、細根と呼ばれる根っこが張りやすくなる。 そうすると水や肥料といったものを吸収しやすくなります。ものすごい理にかなった栽培方法で、大学の先生にも大絶賛していただいています。
フルフム編集部:良いことづくしですね。
天野:最初は平らにシートを引いていたんですが、そうすると、根っこに水がかからないんですよ。これは困ったなと思っていたところ、たまたま冠水用の直管パイプがあったので、それを使うことを思いつきました。
JAとの連携で大規模経営の実現
フルフム編集部:天野さんは、JAの組合員としても盛んに活動されているとのことですが、JAとの共同体制はどのようなものでしょうか?
天野:私が立ち上げた、いちじく部会といういちじくの栽培や生産をおこなうJAの組織があります。今は26名が加入していて、月に一度、 栽培講習会を開き、メンバー間で技術を共有しながら、皆でいいものを作るように努めています。農家は収穫したいちじくをコンテナに並べてそのまま部会に送るだけで、部会がパッキングを担当する仕組みになっています。この仕組みにより、パッキングの手間を省くことができ、労力を減らして規模拡大ができている理由の一つですね。
いちじく栽培で社会復帰支援活動
フルフム編集部:いちじく栽培を通して、引きこもりの社会復帰支援活動もされたと聞きましたが?
天野:7、8年前に田原市の福祉課から相談がありました。当時、田原市の市内に300人くらいの引きこもりがいて、うちに来たのが、たまたま農家の跡取り息子だったんですよ。もう40歳くらいだったんですけれど、毎日家にいるような方で、なんとか見てもらえませんかという相談でした。最初の1年は、午前中だけ来てもらい私のやることを一緒にやって覚えてもらいました。そういう方たちは心を閉ざしていますので、会話がなかなか出てこなくて、最初は挨拶の返事くらいでした。1年かけてなんとか心を開いてもらって、翌年はアルバイトとして来るかと聞いたら、「来ます」と答えてくれました。アルバイトもやはり午前中でしたね。
フルフム編集部:その方は今はどうされているのでしょうか?
天野:その方の実家は、菊農家でハウスを持っていたのですが、今はハウスを全部いちじくに切り替えていちじく農家をやっています。いちじく部会員として一生懸命いちじくに向き合っています。
新しい技術にチャレンジし続ける
フルフム編集部:天野さんの代で新たに始めたことがとても多くて驚きました。
天野:自分で新しい技術にチャレンジして、 常にいいものを作りたいという向上心を持って取り組むんですね。有り難いことに、ふるさと納税のレビューがとても増えているのですが、感動しないと多分レビューは書けないですよね。いいものっていうのは、ただ美味しいだけじゃなくて、それ以上のものを目指しています。お客様が感動するいちじくをお届けするというのが、私の1番大事にしてるところです。
あとがき
独自の技術開発による効率化や品質の向上と地域貢献を両立する天野さんの取り組みは、農業の新たな可能性を切り開いています。さらに天野さんは新規就農でいちじくを選択された方々に、その技術を惜しみなく公開し、次世代のいちじく農家を育てる活動もされていました。「やりたい人にはどうぞ」と大らかにおっしゃっていた姿が印象的でした。