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黒いちご「真紅の美鈴」ができるまで

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「正直言うとね、結果的に“できちゃった”っていうのが一番近いんです」

そう語るのは、通称“黒いちご”と呼ばれる品種「真紅の美鈴(しんくのみすず)」の開発者・成川昇さん。成川さんは、千葉県農林総合研究センター育種研究所の元所長で、現在は「ナルケンいちご園」を営んでいます。

真紅の美鈴(しんくのみすず)の開発者・成川昇さん

真紅の美鈴は、その名の通り濃く深い赤色が特徴的ないちごです。果肉も中心まで赤く染まっており、他のいちごと並べるとその色の濃さが際立ちます。
黒っぽく見えるほどの濃い色は、豊富なアントシアニンによるもの。​その含有量は「とちおとめ」の約3倍。また、ビタミンCも他品種と比べ豊富で、栄養面にも優れています。

食べてみると、甘味が強く、酸味は穏やか。さらに、甘さの中に奥深い旨味。それらが香りや食感と合わさって、コクのある味わいを生み出しています。
限られた農家しか作っていないため、幻のいちごと呼ばれることもある真紅の美鈴。希少ながら、ユニークな見た目と確かな美味しさで全国にファンがいます。

この大人気品種の誕生には、成川さんが県職員時代に開発した「麗紅(れいこう)」と「ふさの香(ふさのか)」という2つの品種、そして退職後の約20年に及ぶ研究の成果が詰まっていました。

真紅の美鈴は、成川さんが定年退職後も研究を続けた結果、生まれた品種です。長年にわたり情熱を持っていちごの研究を続ける理由について、お話を伺いました。

「いちごは一般的に“栄養繁殖”っていう方法で増やしていくんです。これはね、株からランナーって呼ばれるツルを出して、そこから新しい株を育てていくやり方で、親とまったく同じ遺伝子をもつクローンができる。サツマイモやジャガイモなんかと同じですね。それに対して、“種子繁殖”っていうのは、花が咲いて、受粉して、そこからできた種をまいて育てる方法。トマトやキュウリなんかはそれです」

種子繁殖を行うトマトやキュウリの種のパッケージには、「一代交配」「~交配」と表記されていることがあります。これらは交配種やF1品種、ハイブリッド品種とも呼ばれ、生育が旺盛、形が揃いやすい、病気に強い、味が良いなど、様々な利点があります。

現在、栽培されている多くの野菜はこの交配種であり、私たちの豊かな食生活に貢献しています。

「いちごも同じようにできないかと思った。僕が定年でやめても研究を続ける最大の理由だね」

真紅の美鈴は、こうして始まった研究の過程で、交配した株から選び抜かれた品種だそうです。

さらに、種子繁殖の研究も実を結び、種子繁殖型のいちご「美生の宝(みしょうのたから)」を開発。2024年に品種登録されました。

ハウスで栽培される真紅の美鈴の画像
真紅の美鈴の花の画像

成川さんは、県職員時代にも様々な品種を開発しており、中でも代表的なのが、「麗紅(れいこう)」と「ふさの香(ふさのか)」です。

「『麗紅』はね、当時としてはかなり画期的ないちごで、大粒でツヤがあって見栄えがいい。収穫量が多いから農家からも育てがいがあるって人気だった。最盛期には全国で1,300ヘクタールぐらい作られてたんじゃないかな。『とちおとめ』『紅ほっぺ』『あまおう』にも、この麗江の血筋は引き継がれている。ただね、味の面でいうと、酸味が課題だった」

「その後、さらに良い品種を求めて開発したのが『ふさの香』。味も香りも非常にいい。ただ、皮がちょっと薄くて収穫量が上がりにくいところがあった。どっちも”惜しい”品種だったんです。それなら、いっそこの2つを掛け合わせてみたらどうなるんだろう?って思ったんです」

そうして、「ふさの香」を母、「麗紅」を父として生まれたのが「真紅の美鈴」でした。

「果肉の中まで赤くて、糖度が高く、酸味もちょうどいい。育てやすさもあって、外観も美しい。これならいけるって、手応えがありましたね」

箱に詰められた真紅の美鈴の写真
ハウスを背景に、真紅の美鈴を一粒持っている様子

「最初、周りの反応はなかなか厳しくてね。市場の仲買人には、開口一番『色が濃すぎる』『中まで赤いと売れないよ』と言われました。この見た目こそが個性だと思ってましたけど、受け入れられなかった」

真紅の美鈴の濃い赤色が、熟しすぎて傷んでいると誤解されることを懸念され、仲買人をはじめ関係者からの反応は悪かったそうです。

しかし、直売所での出来事がきっかけで流れが変わります。

「お客さんの反応を見たくて、千葉県内の直売所に少しだけ出してみたんです。そしたらある日、若い女性が手に取ってくれて、試食コーナーで一口食べたんですよ。そしたらね、その子の顔がパッと変わった。びっくりしたような、でもなんだか嬉しそうな、印象的な表情で。で、そのあとぽつりと『美味しい……』って。それを見てた直売所のお母さん、それまであんまり興味なさそうだったのに、ふっと動きが止まって。やっぱりね、お客さんのリアクションって、すごく響くんですよ。あの一言を聞いた瞬間、“これ、ちょっと違うかもしれない”って感じたんじゃないかな」

それから、真紅の美鈴を置く場所も少しずつ変わり「もうちょっと数持ってきて」と声がかかるようになったそうです。

「目立つ場所に並ぶようになったのを見たとき、やっぱりちゃんと伝わるんだなって、嬉しかったですね。誰かが“美味しい”って感じてくれることで、評価ってこんなに変わるんだなって。あの時の一口は、本当に大きかったと思いますよ。メディアにも取り上げられるようになりました。『マツコの知らない世界』とか、『嵐にしやがれ』とか。見た目のインパクトと、味の深さがウケたんでしょうね」

箱に詰められた真紅の美鈴の写真

「同じ品種でも、育てる人によって味が違ってくるんです。肥料のやり方、水のあげ方、ハウスの管理の仕方……もう、ちょっとしたことなんだけど、それが“味”に出る。そういう風に、味に違いが出るから、作ってる農家さんたちもみんな真剣なんです。 作った人の気持ちがそのまま実に出る。今ではね、全国で100軒以上の農家さんが真紅の美鈴を育ててくれてます。法人さんも増えてきたし、観光農園とかでも導入されている。でも、食べ比べてみると、“あ、この味は成川さんのだな”って、分かる人もいるみたいでね。ちょっと照れるけど、そう言われるとやっぱり嬉しいですよ」

ナルケンいちご園ではいちごの直売も行っており、お客様と直接お話する機会もありました。

「成川さんのいちごが好きだから、いつもここで買ってるの。でも、自分が認めたいちごしか売ってくれないんですよ」

成川さんは「文句言われるのが嫌だからね」と笑っていましたが、お客様に渡すいちごを一つひとつ丁寧に選び、箱に詰めるその所作から、いちごに対する深い愛情が感じられました。

ナルケンいちご園のハウスの写真

あとがき

「結果的に“できちゃった”んですよ」
取材の冒頭で成川さんがそう語ったときは冗談のようにも聞こえましたが、取材を通して振り返ると、その言葉の裏に地道な試行錯誤が見えてきました。常識にとらわれず、自分の信じた道を歩む。成川さんのそんな姿勢が、今までなかった“黒いちご”を生み出したんだと感じました。
ちなみに、真紅の美鈴の「美鈴」は、丸い野菜や果物を表現する時に使う“鈴”という言葉と、その当時東日本大震災があって、CMが流れ続けて耳に残ったという、詩人の金子みすゞの名前からきているそうです。

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